2009年10月30日金曜日

神待ちサイトこれから神戸はどうなるのか

一部市民や候補者から「市役所出身の官僚ばかりが市長になるのはおかしい」といった意見が一部から出てくるようになった。確かに過去の神戸市長選は多くは無風選挙といってよく、一時は全ての政党が1人の候補者を推す「オール与党」だったこともある。

「民間の感覚」でと言えない?
神戸市は80年代、81年のポートピア博、85年のユニバーシアード等のイベント行政と人工島ポートアイランド、六甲アイランドの埋め立て等のビッグプロジェクトを次々と行い「株式会社神戸市」と言われた。現実に、この頃にはゼネコン(総合建設業)や商社に入るような感覚で神戸市職員を志した者もいたと言われている。というのも当時の神戸市はある種デベロッパー化しており、へたな民間企業より大きな仕事ができたと言っていい。私の先輩も大学を中退して神戸市役所に入り経済振興の部署にいると聞く。

その手法は山を削って海を埋め立て、両方に宅地や工業用地を作りその土地の売却益で儲(もう) けるというのが手法だ。資金は自治体としてはまれに海外から調達出来る権限があり、かつて前出の先輩が「社長」といっていた元市長の宮崎辰雄氏(故人)は助役時代、西ドイツ・マルク(当時)で資金調達した。返済時は為替レートの変動で実際より少なくすることができたといわれている。

もう一つのドル箱は神戸港で大型船の入港が多いため船の停泊料収入は実に大きい。これに関しては「自治体としてはうまい儲け方だ」(阪神間の市役所の収税担当者)と言っていたのを聞いたことがある。宮崎市長は「市長は行政官より経営者としての感覚が求められる」と著書で公言したほどだ。だが、90年代のバブル崩壊と95年の阪神大震災に見まわれ神戸市政も歯車が逆回転するように悪化していったのだ。

まず山を削り海を埋め立てて街を作るやり方が、バブル崩壊で売れなくなってしまったのだ。また市の「ドル箱」といえる神戸港が震災をきっかけに船が、国内は大阪に海外は釜山に逃げられ、市に入る停泊料収入が減ってしまったのだ。そのため神戸市も膨大な借金は1兆円を越えている状態なのだ。

そんな中、神戸市は空港計画をブチあげる。これに関しては多くの市民が反対したが、市は「決定事項」とばかりに計画を強行していく。市民グループが市議擁立に動いたが、落選となってしまった。89年市長に当選した笹山幸俊前市長は、市役所の「株式会社体質」の脱却を打ち出したが、その実変わっていないと言われている。多くの市民もここまで市政が火の車になったのは役所の企業的な暴走が背景にあることに気が付いているからだ。

3期目の矢田市長は職員のリストラなども行っていると言うが、その程度のことでは多くの市民が納得はするとは考えにくい。

役所の暴走は止められない?
「株式会社神戸市」は「社長」と言える市長と、「会長」と言える多くのボス市議が両輪を担っているとも言われている。かつての「会長」の1人が06年に汚職で逮捕された村岡功・元市議といわれており「影の神戸市長」とも言われた。

さらに、同じ関西の京都や大阪と違い地元財界の発言力が極端に弱いのも特長である。財界が地元をリードする大阪、そして財界・官界・学術界・仏教界が権力を等分に分け合う京都と違って、神戸は財界が市政に追従するのが特長とも言われる。

その神戸財界と言える神戸商工会議所は、会頭が基幹産業企業の代表という不文律があり、重工業企業か銀行の代表でやってきた。特に重工業系企業は鉄道や橋など公共事業が多いので、役所の機嫌を伺わなくてはならないのだ。91年に会頭改選時にダイエー会長だった中内功氏(故人)が会頭を狙ったが、成り上がり者を嫌う土地柄もあってなれなかった。

最新ファッション等で華やかなイメージとは裏腹に神戸は保守的な街でもあるのだ。